兵庫県明石市のJR山陽線大久保駅で昨年11月に車両トラブルが発生し、同駅から東に20キロ以上離れた山陽線支線の和田岬線(神戸市兵庫区)だけでダイヤが大幅に乱れる奇妙な現象が起きた。当の山陽線本線には電車の遅れなどの影響が全く生じなかったというのだから首をひねるばかりだ。なぜ、こんな“鉄道ミステリー”が起こったのか。謎を追ってみた。(小林宏之)
工場従業員に影響
車両トラブルがあったのは昨年11月19日。JR西日本近畿統括本部によると、この日夕、大久保駅3番線に4両編成の試運転中の電車が停車していた。
予定では、電車は大久保駅を午後4時17分に出発。西に向けて走り、降雨時の走行試験を行うことになっており、車両には線路上に降雨状態を作り出すための散水用ホースが取り付けられていた。
ところが出発前の午後4時頃、散水用ホースを固定する鉄製金具(長さ約70センチ、幅約5センチ、厚さ約5ミリ、重さ5・6キロ)がなくなっているのに乗車していた係員が気づき、大阪総合指令所に連絡した。
付いているはずの固定金具の紛失は一大事。懸命に探したが見つからず、回送電車として1時間遅れの午後5時17分に大久保駅を出ていった。
山陽線の本線自体はトラブルの影響はなかったが、ダイヤの大幅な乱れを起こしたのが、大久保駅から東に23・8キロ離れた山陽線支線の和田岬線。午後5時25分に出発する和田岬発兵庫行き普通電車が最大32分遅れるなど上り4本と下り5本の計9本が遅れ、約1300人が影響を受けた。
和田岬線は、兵庫駅と和田岬駅を結ぶ全長わずか2・7キロの単線軌道で、駅はこの2つだけ。正式には山陽線の一部で和田岬線は通称名だ。平日は朝夕の上下各17本の運行で、日中の午前10時~午後4時台は運行しない。土曜は上下各12本、日曜・休日に至っては上下各2本のみというダイヤ編成になっている。
というのも、和田岬駅の周辺は三菱重工神戸造船所など工場群が立ち並び、和田岬線はその一帯で働く人たちの大切な足。通勤に合わせた時刻表になっているのだ。今回の電車の遅れで影響を受けたのは、この帰宅中の従業員たちだった。
点検で車両基地に
では、大久保駅と和田岬線に、いったいどんな関係があるのか。
「西明石駅(明石市)の東側に隣接する車両基地が関係している」と近畿統括本部の担当者は説明する。ただ、西明石駅は大久保駅の東に位置し、車両基地「網干総合車両所明石支所」はさらにその東。そして、和田岬線が山陽線から分岐する兵庫駅と、車両基地の間には他に9つも駅が存在している。
令和の“鉄道ミステリー”を追え JR山陽線トラブル、20キロ超離れた支線だけ影響© 産経新聞社 令和の“鉄道ミステリー”を追え JR山陽線トラブル、20キロ超離れた支線だけ影響
担当者によると、和田岬線の車両は通常、朝夕に兵庫-和田岬間の往復を続けた後、翌朝の始発に向けて兵庫駅で待機する。ただ、定期的に点検のため車両基地に入ることがあり、今回のトラブルの際は偶然、点検で車両基地に入っていた。それが“運の尽き”だった。
偶然重なった結果
実はこの車両基地は西側からしか出入りできない構造。西側の直近にある西明石駅で折り返せればいいのだが、さらにややこしい事情があった。西明石駅には1~6番線があるが「車両基地の線路とつながっているのは4、5番線だけ。兵庫駅方面からの回送電車は4、5番線に入れない線路を使っているため、さらにもう1つ西側にある大久保駅で折り返すことになる」(担当者)という。
令和の“鉄道ミステリー”を追え JR山陽線トラブル、20キロ超離れた支線だけ影響© 産経新聞社 令和の“鉄道ミステリー”を追え JR山陽線トラブル、20キロ超離れた支線だけ影響
折り返し場所となる大久保駅にも問題があった。同駅には1~5番線があるが、3番線以外の線路は上下線の電車にそれぞれ使われている。折り返すことができるのは通常ダイヤの発着にほとんど使われていない3番線だけだ。
その3番線に試運転の電車がトラブルで約1時間も居座っていた。和田岬線の車両は試運転の電車が動くまで出庫できない。一方、通常の電車は3番線を使わないため、山陽線の本線自体のダイヤには何の影響もなかった。
「山陽線本線の遅延が和田岬線のダイヤに影響することはあるが、今回のようなケースは聞いたことがない」と鉄道ジャーナリストの藤浦淳さん。「トラブルを起こしたのが試運転の電車だったことや大久保駅の3番線を使っていたこと、和田岬線の車両が基地に入庫していたことなど、いくつかの偶然が重なった結果、前代未聞のミステリーにつながった」と話している。
経由: 令和の“鉄道ミステリー”を追え JR山陽線トラブル、20キロ超離れた支線だけ影響